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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)5760号 判決 1965年8月28日

原告 井上七郎

右訴訟代理人弁護士 坂本亮

被告 萱野輝世司

右訴訟代理人弁護士 清水嘉市

右訴訟復代理人弁護士 原田甫

同 喜治栄一郎

主文

被告は原告に対し別紙第二目録記載の建物を収去し別紙第一目録記載の土地を明渡し、かつ昭和三三年一二月二〇日より右明渡済に至るまで一ヶ月一坪当り金三五円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金一〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

一、別紙第一目録記載の土地(以下本件土地と略記)は原告の所有である。

二、被告は賃貸借契約その他本件土地を占有する何等の権限がないのに本件地上に別紙第二目録記載の建物(以下本件建物と略記)を所有して本件土地を不法に占有している。

三、よって原告は被告に対し右建物を収去して本件土地の明渡を求めるとともに、本件土地の不法占有による損害の賠償として本件訴状送達の翌日である昭和三三年一二月二〇日より右明渡済に至るまで一ヶ月一坪当り金三五円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

と述べ、被告の抗弁事実を否認し、立証≪省略≫

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、本件土地が原告の所有であること及び被告が本件建物を所有しその敷地たる本件土地を占有している事実はこれを認めると述べ、抗弁として、

一、本件土地については昭和一四年八月二日頃被告の先代萱野春衛と原告との間で賃貸借契約が成立しており、被告は右賃借権に基き本件土地を占有しているものである。

二、仮に右賃貸借契約の成立が認められないとしても、被告は時効により本件土地の賃借権を取得している。即ち被告先代春衛は昭和一三年一〇月競売により本件家屋の所有権を取得し同月一二日から本件土地の占有を始めた。そして昭和一四年八月二日に原告の代理人山本宗一に対し該地代を支払い、じ来引続き右山本に本件地代を支払ってきたのであり、その間山本から地代の受取を拒まれたことはなかったから、春衛は本件土地につき正当な賃借権が成立したものと信じていたのである。而して同人がこれを信じたことについては過失はないから、同人が占有を始めた昭和一三年一〇月一二日より一〇年を経過した昭和二三年一〇月一一日をもって本件土地の賃借権の時効取得が成立したものであり、仮に右占有が悪意であつたとしても、右占有開始のの時から二〇年を経過した昭和三三年一〇月一一日の経過と共に被告(春衛は昭和二四年一一月二六日死亡し被告がその相続をした)は本件土地の賃借権を時効取得した。

三、したがって原告の本訴請求は失当である。

と述べ、立証≪省略≫

理由

一、本件土地が原告の所有であること及び被告が右地上の本件建物を所有し本件土地を占有していることはいずれも当事者間に争がない。

二、そこで被告の抗弁について判断する。

(1)  賃貸借契約成立の有無について

≪証拠省略≫を綜合すると、被告先代萱野春衛は昭和一四年八月二日頃から昭和一九年の末頃までの間毎年本件土地の賃料として一ヶ年金五〇円の割合による金員を訴外山本宗一方に持参し、同人はこれを原告の代理人として受領していた事実が認められるが、同訴外人が原告の代理人として本件土地を被告先代春衛に賃貸する権限を有していたとの事実を認めるに足る証拠がないのみならず、同人が春衛より受領した右金員を原告方に持参したとの事実についてもこれを肯認するに足る証拠はない。却って≪証拠省略≫を綜合すると、原告は春衛が昭和一三年頃競落により本件建物の所有権を取得するに至った当時から春衛に対し本件土地を賃貸することを拒否しており、そのため春衛は右地代を原告に懇意な山本宗一方に持参し、同人に対し原告の同意が得られるよう尽力されたい旨懇請し、同人に右地代を預けていた事実が認められ、他に原告が被告に本件土地の賃貸を承諾したとの事実を認めるに足る証拠はない。

(2)  賃借権の時効取得の抗弁について

土地の賃借権が時効取得の対象となるか否かについては争がないでもないが、元来財産権は法律の規定または権利の性質上時効取得の禁ぜられたものでないかぎりその対象となるものと解すべきであるから、土地の賃借権についてもこれを否定すべき理由はない。ところで被告先代春衛は昭和一三年一〇月競落により本件家屋の所有権を取得して以来現在に至るまで引続き(同人は昭和二四年一一月二六日死亡し、その後はその相続人たる被告において)本件土地を占有し来ったことは原告も認めるところであるが土地の賃借権を時効取得するためには、その権利の性質上時効取得に必要な期間継続して地代の支払を必要とするものと解すべきところ、春衛において昭和二〇年以後本件地代を支払ったとの点についてはこれを認めるに足る何等の証拠もないから(それ以前の分についても原告の代理人でもない訴外山本が預っていたにすぎないことはさきに認定した通りである)被告は民法第一六三条第一六二条第二項の取得時効の要件を満さないこと明らかである。(さきに認定した事実によれば被告等に過失があることは明らかであるから民法第一六二条第一項の要件を満さないことはいうまでもない)なお≪証拠省略≫によると、被告は昭和二九年五月二〇日に本件土地の昭和二三年一〇月から昭和二九年三月までの間の地代として合計金一二、三五二円の供託をしている事実が認められるが、これによって被告が昭和二三年一〇月から右供託時までの間継続して自己のためにする意思をもって賃借権を行使したことにはならないから時効取得の要件は充足されない。そうすると被告の賃借権時効取得の抗弁も採用することはできない。

三、そうすると、被告は原告に対し本件家屋を収去してその敷地たる本件土地を明渡すべき義務があること明らかであり、なお鑑定人中村忠の鑑定の結果によると、昭和三三年一二月以後の本件土地の適正賃料は一ヶ月一坪当り金三五円を下らないことが認められるから、被告は原告に対し本件土地の不法占有による損害の賠償として本件訴状の送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三三年一二月二〇日より右明渡済に至るまで一ヶ月一坪につき金三五円の割合による損害金を支払うべき義務がある。よって原告の本訴請求を正当として認容し、民訴法第八九条第一九六条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 谷野英俊)

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